普通、近世の独仏等の徴兵国家の陸軍は平時は将校過多の状態であり、動員によって将校と兵士のバランスが取れる。国家が動員をかけるということは、その国が近隣諸国に戦争を仕掛ける予兆であり、大国と小国の場合は恫喝、大国同士の場合は挑発の効果となる。動員が長引けばそれだけ仮想敵国に時間を与える事になるので、動員は国家の輸送網を最大限に利用して行われる。
なぜ1850年代から動員という概念が各国に浸透したかについては、鉄道の発達によるものが大きい。これより以前は陸上輸送のスピードが遅く、動員令が予備役に届けられ、予備役が軍隊の指揮下に入り師団が充足されるまでに、膨大な時間がかかってしまい、その間に敵方の常備軍による侵攻、あるいは海上輸送による上陸作戦を防ぐことができず、敵に橋頭堡を与えてしまうため、このような動員は現実的ではなかった。
鉄道の充実により武装した兵士の国内移動が迅速に行えるようになり、敵の侵攻に動員した師団をぶつけることができるようになったのである。このように、鉄道の進化と動員の発展は切っても切れない関係にある。第一次世界大戦前のドイツ帝国において、鉄道は平時も陸軍の管轄であったことがそれを端的に示している。
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プロイセンは普墺戦争・普仏戦争においては、各国の鉄道の未発達に付け込んで、自国の鉄道を仮想敵国の国境まで事前に敷設することで、軍事的優位を手にした。だが、第一次世界大戦においては各国共に鉄道・他の交通手段が発達しており、最早その優位は薄れており、両国が迅速に兵力を西部戦線に集中したため悲惨な塹壕戦へが発生することとなった。
英米は第一次世界大戦当時、徴兵制そのものを保有していなかった。アメリカはモンロー主義によって紛争にできる限り首を突っ込まない政策をとっていたし、イギリスはその巨大な海軍によって本土の防備が可能だったからである。このように、島国は敵の陸軍が開戦と同時に本土にやってくることはないので、戦争が始まってから志願を募り、訓練をする時間がある。