14時50分、「スヴォーロフ」は突然北へ回頭した。日本の砲弾がロシア旗艦の後部へ命中し、舵が損傷したために自由な操船が妨げられた結果であったが、東郷、秋山ら「三笠」の首脳はこれを北へ逃げようとしている行動と判断し、後を追わせた。東郷にとっては、この海戦で下した唯一の誤った判断であった。
「スヴォーロフ」に続くロシアの2番艦、戦艦「アレクサンドル3世」の艦長ブフウオトフ大佐はただちに「スヴォーロフ」の舵の故障を見抜いて艦隊旗艦を追わず、結果として後続の全てのロシア艦は「アレクサンドル3世」に続いて進路を南東方向に保持したままであった。ロシア艦隊の頭を押さえにかかっていた日本の第1戦隊が「スヴォーロフ」を追って北へ転進したため、ロシア艦隊の前方に障害がなくなり、ウラジオストクへ逃げ込めると安堵しはじめた。
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しかしその頃、第2戦隊旗艦「出雲」では、参謀の佐藤鉄太郎中佐が即座に「スヴォーロフ」の舵が故障をしたと判断し「スワロフに旗が揚がってません。あれは舵の故障です」と司令長官の上村彦之丞中将に進言した。「間違いないか」「間違いありません」佐藤の迷いのない答えに上村も決断を下し、東郷の「三笠」からの「左八点一斉回頭」(左へ90度回頭せよ)という旗による命令に反して、「我に続け」の信号旗を出して、第2戦隊は、そのまま速度を上げてロシア艦隊への追撃を開始した。巡洋艦中心の第二艦隊が、戦艦中心のロシア艦隊に突撃するという猛将上村将軍の名に相応しい前代未聞の作戦といわれるが、そこには、俊才といわれた佐藤参謀の冷静な判断があった。
上村の指揮の下で第2艦隊は東郷の第1戦隊とは別行動をとって東南東へ進むロシア艦隊を追って敵の東側目指して針路をとり、やがて、戦艦「アレクサンドル3世」の前へ回り込むことに成功した。上村の第2戦隊は、この時「浅間」が舵の故障で欠けていたため、ほとんど無傷の装甲巡洋艦5隻で構成され、20ノットの高速航行が可能であったが20.3cmの砲が最大であり、ロシア艦隊は傷を負いながらも30.5cmの主砲を備える6隻の戦艦が健在で他にも多数の艦があり、通常なら戦いを挑む状況ではなかった。3,000mに距離を詰めると双方の砲撃戦が始まり、たちまち第2戦艦隊の先頭にあった戦艦「シソイ・ウェリキー」が猛火に包まれ戦線から離脱した。「スヴォーロフ」に代わってロシア艦隊を率いていた戦艦「アレクサンドル3世」も浸水によって艦が傾き戦線から離脱した。
すでにロシア艦隊は統一のとれた艦隊運動が行なえる状態になく、「アレクサンドル3世」が戦線から脱落したことで艦隊の先頭になった戦艦「ボロジノ」艦長セレブレーンニコフ大佐は、日本の第2戦隊との戦闘を避けるべく、左回頭によって第2戦隊の後ろから北へ向かう針路を選んだ。上村の第2戦隊もロシア艦隊を追って北へ転じた。この決断によって、先の東郷の誤った判断が偶然にもこの後で良い結果をもたらすことになる[6]。3時7分、戦艦「オスラビラ」撃沈。ロシアの駆逐艦2艦が海面上の乗員を救助する間、日本艦隊からは1発の砲弾も撃たれなかった