大元義(だいげんぎ)は渤海の第4代王。
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793年に大欽茂が病死した際、渤海王の継承を巡っての内部紛争が発生した。大欽茂の世子である大宏臨は父王に先立ち病死しており、次男の大貞斡は唐に入朝し宿衛を行なっていた。このほか大英俊と大高璘の嫡子の存在が確認されるが、結局嫡子が王位を継承することなく、族弟の大元義が王位を継承することとなった。
『新唐書』の記録によれば、大元義は性格が猜虐であり、即位後反対派を殺害するなどの行為を行なった。これに対し反対派は大元義を殺害、その王位を大宏臨の子である大華璵に継承させた。
大元義の在位期間は数ヶ月に過ぎず、その間の業績としては往時の大清允を唐に入朝させたことのみが知られているのみである。