« ウマイヤ朝 | メイン | 日本の砲弾がロシア旗艦の後部へ命中し »

大元義

大元義(だいげんぎ)は渤海の第4代王。
シヤトン教育ランドサイト
ホテル・キャンプ場関連レジャー総合
ノエビアコスメチック倶楽部サーチ
介護サービス・老人ホーム関連ビジネスワールド情報
ヘルメスワインライフレシピナビ
生活習慣病・成人病関連家庭の医学・健康サーチ
フラミンゴ通販サーチ
せるびあ教育学びサイト
水族館・旅行関連リゾート総合
パークウェスト大人のコスメ情報

793年に大欽茂が病死した際、渤海王の継承を巡っての内部紛争が発生した。大欽茂の世子である大宏臨は父王に先立ち病死しており、次男の大貞斡は唐に入朝し宿衛を行なっていた。このほか大英俊と大高璘の嫡子の存在が確認されるが、結局嫡子が王位を継承することなく、族弟の大元義が王位を継承することとなった。

『新唐書』の記録によれば、大元義は性格が猜虐であり、即位後反対派を殺害するなどの行為を行なった。これに対し反対派は大元義を殺害、その王位を大宏臨の子である大華璵に継承させた。

大元義の在位期間は数ヶ月に過ぎず、その間の業績としては往時の大清允を唐に入朝させたことのみが知られているのみである。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.dcbbqm.info/blog/mt-tb.cgi/1158

About

2009年04月30日 07:56に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「ウマイヤ朝」です。

次の投稿は「日本の砲弾がロシア旗艦の後部へ命中し」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35