2009年06月20日

アルコールと脂肪酸のみがエステル結合し

アルコールと脂肪酸のみがエステル結合してできている脂質を単純脂質という。生物では、エネルギーの貯蔵や組織の保護などに利用される。

生物中に多く見られる単純脂質は、アルコールとしてグリセリンをもつもので、これらを総称してアシルグリセロールまたはグリセリドと呼ぶ。生物的観点からは中性脂肪と呼ばれることも多い。グリセリンには3つのヒドロキシル基があり、エステル結合した脂肪酸の数によってモノアシルグリセロール・ジアシルグリセロール・トリアシルグリセロールと分けられる。生体中では主に脂肪として蓄えられ、必要に応じてエネルギー源として使用される。エーテル型脂質のアルキルエーテルアシルグリセロールもここに分類される。

アルコールとして長鎖アルコールを持つものは蝋と呼ぶ。動物や植物表面に多く見られ、保護物質として働いている。一部の植物を除いて、エネルギー源とはならない。
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グリセリンの代わりに、スフィンゴシンとアルコールがアミド結合したセラミドも単純脂質に分類される。

複合脂質 [編集]
分子中にリン酸や糖などを含む脂質を複合脂質という。両親媒性を持つものが多く、細胞膜の脂質二重層の主要な構成要素であるほか、体内での情報伝達などに関わる。

複合脂質は、部分構造としてリン酸エステルを持つリン脂質と、糖が結合した糖脂質に大別される。また、複合脂質の骨格となる分子は一般的にグリセリンあるいはスフィンゴシンのみであるため、これらを基準としてグリセロ脂質とスフィンゴ脂質に分類することもある。

脂質とタンパク質が複合したリポタンパク質をここに含めることもある。

誘導脂質 [編集]
単純脂質や複合脂質から、加水分解によって誘導される疎水性化合物を誘導脂質という。今日では、生体中で遊離して存在する各種イソプレノイドもここに含めることが多い。

脂肪酸・テルペノイド・ステロイド・カロテノイドなど、多様な物質が知られている。身体の構成、エネルギー貯蔵の他、ホルモンをはじめとする生理活性物質としてはたらく。

2009年06月02日

日本の砲弾がロシア旗艦の後部へ命中し

14時50分、「スヴォーロフ」は突然北へ回頭した。日本の砲弾がロシア旗艦の後部へ命中し、舵が損傷したために自由な操船が妨げられた結果であったが、東郷、秋山ら「三笠」の首脳はこれを北へ逃げようとしている行動と判断し、後を追わせた。東郷にとっては、この海戦で下した唯一の誤った判断であった。

「スヴォーロフ」に続くロシアの2番艦、戦艦「アレクサンドル3世」の艦長ブフウオトフ大佐はただちに「スヴォーロフ」の舵の故障を見抜いて艦隊旗艦を追わず、結果として後続の全てのロシア艦は「アレクサンドル3世」に続いて進路を南東方向に保持したままであった。ロシア艦隊の頭を押さえにかかっていた日本の第1戦隊が「スヴォーロフ」を追って北へ転進したため、ロシア艦隊の前方に障害がなくなり、ウラジオストクへ逃げ込めると安堵しはじめた。
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しかしその頃、第2戦隊旗艦「出雲」では、参謀の佐藤鉄太郎中佐が即座に「スヴォーロフ」の舵が故障をしたと判断し「スワロフに旗が揚がってません。あれは舵の故障です」と司令長官の上村彦之丞中将に進言した。「間違いないか」「間違いありません」佐藤の迷いのない答えに上村も決断を下し、東郷の「三笠」からの「左八点一斉回頭」(左へ90度回頭せよ)という旗による命令に反して、「我に続け」の信号旗を出して、第2戦隊は、そのまま速度を上げてロシア艦隊への追撃を開始した。巡洋艦中心の第二艦隊が、戦艦中心のロシア艦隊に突撃するという猛将上村将軍の名に相応しい前代未聞の作戦といわれるが、そこには、俊才といわれた佐藤参謀の冷静な判断があった。

上村の指揮の下で第2艦隊は東郷の第1戦隊とは別行動をとって東南東へ進むロシア艦隊を追って敵の東側目指して針路をとり、やがて、戦艦「アレクサンドル3世」の前へ回り込むことに成功した。上村の第2戦隊は、この時「浅間」が舵の故障で欠けていたため、ほとんど無傷の装甲巡洋艦5隻で構成され、20ノットの高速航行が可能であったが20.3cmの砲が最大であり、ロシア艦隊は傷を負いながらも30.5cmの主砲を備える6隻の戦艦が健在で他にも多数の艦があり、通常なら戦いを挑む状況ではなかった。3,000mに距離を詰めると双方の砲撃戦が始まり、たちまち第2戦艦隊の先頭にあった戦艦「シソイ・ウェリキー」が猛火に包まれ戦線から離脱した。「スヴォーロフ」に代わってロシア艦隊を率いていた戦艦「アレクサンドル3世」も浸水によって艦が傾き戦線から離脱した。

すでにロシア艦隊は統一のとれた艦隊運動が行なえる状態になく、「アレクサンドル3世」が戦線から脱落したことで艦隊の先頭になった戦艦「ボロジノ」艦長セレブレーンニコフ大佐は、日本の第2戦隊との戦闘を避けるべく、左回頭によって第2戦隊の後ろから北へ向かう針路を選んだ。上村の第2戦隊もロシア艦隊を追って北へ転じた。この決断によって、先の東郷の誤った判断が偶然にもこの後で良い結果をもたらすことになる[6]。3時7分、戦艦「オスラビラ」撃沈。ロシアの駆逐艦2艦が海面上の乗員を救助する間、日本艦隊からは1発の砲弾も撃たれなかった

2009年04月30日

大元義

大元義(だいげんぎ)は渤海の第4代王。
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793年に大欽茂が病死した際、渤海王の継承を巡っての内部紛争が発生した。大欽茂の世子である大宏臨は父王に先立ち病死しており、次男の大貞斡は唐に入朝し宿衛を行なっていた。このほか大英俊と大高璘の嫡子の存在が確認されるが、結局嫡子が王位を継承することなく、族弟の大元義が王位を継承することとなった。

『新唐書』の記録によれば、大元義は性格が猜虐であり、即位後反対派を殺害するなどの行為を行なった。これに対し反対派は大元義を殺害、その王位を大宏臨の子である大華璵に継承させた。

大元義の在位期間は数ヶ月に過ぎず、その間の業績としては往時の大清允を唐に入朝させたことのみが知られているのみである。

2009年04月15日

ウマイヤ朝

ウマイヤ朝(ウマイヤちょう、661年 - 750年、Umayyad 、بنو أمية)は、イスラム史上最初の世襲イスラム王朝。サラセン帝国(ただしサラセン帝国はかつてのヨーロッパでの呼称)、大食(唐での呼称)、またはカリフ帝国やアラブ帝国と呼ばれる体制の王朝のひとつであり、イスラム帝国のひとつでもある。イスラームの預言者ムハンマドと父祖を同じくするクライシュ族の名門で、メッカの指導層であったウマイヤ家による世襲王朝である。第4代正統カリフであるアリーとの抗争において最終的に政権を獲得したシリア総督ムアーウィヤが、661年に自らカリフとなることにより成立した政権。都はシリアのダマスカス。ムアーウィヤの死後、カリフ位がウマイヤ家の一族によって世襲されたため、ムアーウィヤ(1世)からマルワーン2世までの14人のカリフのことを「ウマイヤ朝」と呼ぶ。750年にアッバース朝によって滅ぼされるが、王族のひとりアブド・アッラフマーン1世がイベリア半島に逃れ、後ウマイヤ朝を建てる。

カリフ位の世襲制を採用した最初の王朝形の政権であり、ムスリムであるアラブ人による集団的な異民族支配を国家の統治原理とする一方、非アラブ人はズィンミー(庇護民)として人頭税(ジズヤ)と地租(ハラージュ)の納税義務を負わせるアラブ人至上主義を敷いた。また、ディーワーン制や駅伝制の整備、行政用語の統一やアラブ貨幣鋳造など、イスラム国家の基盤を築いた。

630年、メッカの指導者として預言者ムハンマドと対立したウマイヤ家の当主アブー・スフヤーンは、メッカ市民に抵抗を止めさせムスリム軍に降服してメッカの無血開城を導き、ムスリムとなってムハンマドに従った。アブー・スフヤーンはその後のムハンマドの戦役にいくつか参加し、息子のヤズィードとムアーウィヤはムハンマドの側近の書記として近侍し活躍した。

634年、正統カリフ・アブー・バクルの時代になって対ビザンツ戦線におけるシリア方面軍司令のひとりとしてヤズィードが派遣されムアーウィヤもこれに同行したが、639年にシリア一帯で流行したと言う悪疫によって先任のシリア総督アブー・ウバイダらシリア方面軍の将卒の多くが病死し、次代の正統カリフ・ウマルはまずヤズィードに次代総督を任せた。しかし、同年のカエサリア遠征中にそのヤズィードもダマスクスで病死し、ウマルはカエサリアの包囲戦を任されていた弟のムアーウィヤに改めてシリア総督職を命じた。

656年に同じウマイヤ家の長老であった第三代カリフ・ウスマーンがメディナでの暴動で殺害され、これの責任と血族としての報復の権利を求めてクーファで第四代カリフに即位したアリーと対立し、スィッフィーンの戦いなど軍事衝突にまで発展した。661年、ムアーウィヤはアリーがハワーリジュ派によって暗殺されたことによってイスラーム世界唯一のカリフとなり、ダマスクスにて忠誠の誓い(バイア)を受け正式にカリフとして承認され、ウマイヤ朝を創始した。

ムアーウィヤは、正統カリフ時代より続いていた大征服活動を展開していった。攻撃対象はサーサーン朝との抗争で衰弱していた東ローマ帝国であった。

ムアーウィヤ死後、ヤズィードの時代にカルバラーの悲劇という事件がおこる。アリーの次男のフサインはシーア派のクーファ市民と反ウマイヤ家を掲げ行動を起こそうとするが行動は事前に気づかれ、クーファ市民はフサインと共に行動を起こすことができず、メッカからクーファのシーア派と共に決起するためにやって来ていたフサイン軍七十余名はユーフラテス川の手前で待ちかまえていたウマイヤ朝軍4000に圧倒的な数の差の前に敗れた。このフサインの殉教はシーア派にとって大きな意味を持つ。

その後、相次ぐカリフの死去の中、第二次内乱が起きる。メッカのイブン・アッズバイル(初代カリフ、アブー・バクルの長女の子)はカリフを宣言し一時広大な領土を保有し、イラクのクーファではシーア派のムフタールが第四代正統カリフアリーの子ムハンマドをマフディー(救世主)にまつりあげフサインの復讐を掲げ南イラク一帯を勢力範囲にした。しかし、こちらはイブン・アッズバイル側に鎮圧され、イブン・アッズバイルもアブドゥルマリクの任命した司令官ハッジャージュ・ブン・ユースフにより討たれた。

第二次内乱後ハッジャージュによるイラク統治で治安が回復されていったが、それは厳しく激しいもので、特にイラクのシーア派は非常に厳しい状況に置かれた。

全盛期--アブドゥルマリクの時代 [編集]
また、アブドゥルマリクの時代にアラビア語の公用化とアラブ貨幣の発行により中央集権化が進んだ。

アブドゥルマリクが反ウマイヤ家のイラクを平定後、東ではクタイバがブハラやサマルカンドを征服し、フェルガナ地方まで進出、中央アジアにイスラームが広がるもととなった。西では北アフリカを東ローマ帝国から奪い、イベリア半島に進出して西ゴート王国を滅ぼしピレネー山脈を越えた。フランク王国領内に入ると、フランク王国の迎撃軍とトゥール・ポワティエ間で戦いとなり、結果敗れてピレネー山脈の南側まで戻った。一方、674年から東ローマ帝国の首都コンスタンティノポリスを連年包囲したが攻略できず、キリスト教勢力に対する攻勢は止まった。

この後長い間地中海はイスラームの海となる。こうして東へ西へとウマイヤ朝は拡大してゆきワリード1世の治世である8世紀初頭に最大領域となった。

滅亡の原因 [編集]
アラブの部族対立、地方の反乱などが続く中、税の問題で不満を持つマワーリー、ムアーウィヤのカリフ位を否定し反ウマイヤ家を掲げるシーア派、ホラーサーン人(移住したアラブ人)などの協力を得たアッバース家の反ウマイヤ家運動(アッバース革命)により、8世紀中頃にウマイヤ朝は滅亡を迎えた。

年譜 [編集]
661年 - ムアーウィヤ、カリフとなり、ダマスカスを都とする。
673年 - 687年まで数年に渡って、東ローマ帝国の首都コンスタンティノポリスを包囲したが失敗。
680年 - 二代目カリフ後継者ヤズィード、アリーの子フサインの勢力を制圧。後のスンニー派によるイスラムの覇権を築く。
697年 - 東ローマ帝国からカルタゴを奪い、北アフリカのほぼ全域を支配。
第二次内乱の危機を乗り越えたアブドゥルマリクの時代に全盛時代を迎える。しかし、その後、ウマイヤ家を認めないシーア派やハワーリジュ派の反乱、アラブ諸部族間の内紛などにより傾きはじめる。
711年 - イベリア半島のゲルマン人国家西ゴート王国を滅ぼし、西はイベリア半島から東はインド洋までの広大な地域を支配。
718年 - 東ローマ帝国の首都コンスタンティノポリスを大規模艦隊と陸軍で包囲したものの敗北し、遠征軍は壊滅。
732年 - メロヴィング朝フランク王国とのトゥール・ポワティエ間の戦いに敗北。
750年 - ホラーサーン地方で勃発したアッバース革命により750年に滅亡。ヒシャームの子孫アブド・アッラフマーン1世はイベリア半島へ逃れて、後ウマイヤ朝(756年-1031年)を建国。

歴代カリフ [編集]
ムアーウィヤ(1世)(661年 - 680年)
ヤズィード1世(680年 - 683年)
ムアーウィヤ2世(683年 - 684年)
マルワーン1世(684年 - 685年)
アブドゥルマリク(685年 - 705年)
ワリード1世(705年 - 715年)
スライマーン(715年 - 717年)
ウマル2世(717年 - 720年)
ヤズィード2世(720年 - 724年)
ヒシャーム(724年 - 743年)
ワリード2世(743年 - 744年)
ヤズィード3世(744年)
イブラーヒーム(744年)
マルワーン2世(744年 - 750年)

税制 [編集]
ウマイヤ朝では、征服地の先住民にジズヤ(人頭税)とハラージュ(地租)が課せられたが、イスラームに改宗した非アラブ人ムスリム(マワーリー)にもジズヤとハラージュを要求し、差別した。(アラブ人優遇政策) コーランでは全てのムスリムは平等だとされているにもかかわらず、マワーリー(非アラブ人のムスリム)にジンミー(非ムスリム)と全く同じだけの税を課すウマイヤ朝に対しマワーリーは不満を高めた。

次のアッバース朝時代になると、これとはうって変わってアラブ人とマワーリーはハラージュだけを徴収され、ジンミー(非ムスリム)は変わらずジズヤとハラージュの両方を課せられ、アラブ人とマワーリーの間の税制面での差別は無くなった。

ウマイヤ朝時代は、初期イスラーム建築が建設された時代である。サーサーン朝の影響を色濃く受けているが、首都がダマスカスに置かれてこともあり、ビザンティン建築の影響もわずかながら受けている。

ウマイヤ朝時代に建設され現存する建築物の代表格がダマスカスに残るウマイヤド・モスクとエルサレムの岩のドームである。岩のドームは、第5代カリフアブドゥルマリクによって、692年に建設が開始されたイスラーム建築最初の記念碑的な建築物である。内部のモザイク・パネルには、青の地に映える金の文字で、クルアーンの章句が施された。また、大征服を展開する中で、新しい都市が建設された。その中でもウマイヤ朝時代の建築が残るのが670年に建設された北アフリカのケルアン(現チュニジア)である。

音楽 [編集]
ダマスカスの宮廷などで活躍した音楽家。
イブン・スライジュ
マアバド(? - 743年)
ガリーズ
ワリード2世(カリフ)
マーリク・アッターイー
イブン・アーイシャ
ユーヌス・アルカーテブ
イブン・アルカルビー(? - 763年) - キターブ・アルナガム(旋律の書)、キターブ・アルキヤーン(歌姫の書)の著者。
イブン・ミスジャハ - アラブ古典音楽の整備に功。
ハリール(? - 791年) - 音楽理論に関する著作があったと言われる(現存せず)。

ビーシ イズミル サイド トレハ シェブロ マイラー ホウオウ マドレーヌ マルチビ チャー ピナクル マックス エデン 恋のラジオ 桔梗ナビ 桜桃 セリ対策 テナント メンタル スペー パワー あぴお スタート ジョイ ナビゲ レバー支援 トルマン アポク オフライ フォートラン まっち レンゲ ブラウザー ビネガ ナイト テオプ ふぁんでる ヨットパ まぜり タイザー チケット サラシア 秋の夕暮れ ジンギ スタンス ロールフ えせん バック オイディ コスト

2009年03月31日

常陸山谷右エ門

常陸山 谷右エ門(ひたちやま たにえもん、1874年(明治7年)1月19日 - 1922年(大正11年)6月19日)は、明治期に活躍した大相撲の第19代横綱。本名は市毛 谷。幕内通算成績は32場所150勝15敗22分2預131休、勝率.909。優勝額掲額制度の発足前に優勝相当成績7回、制度発足後優勝1回。身長174cm、体重146kg。
ユーティ つくだ ジャー まんご アンプ マガジン マッコリ だいせん センダン チコリー ノアアク フェイント ホーム フロッタ マリ幸運 ナンヨウ ジブル おれが オーシャ ディフェ メッシュ ナツユ ふくべそ しもごう ギャルド リング リビア キウイフル ローティー ニュース ニアピン モーター ジュアル マイナー ガント ビーム ツーリズム レクラニ ハイフ センサ メチエ バイパス クール おたる ビリー ジャンプ トロール モホス プチトマト はかま

近代化へむかう国勢の中で、現役時代には二代目梅ヶ谷藤太郎との「梅・常陸時代」で角界を隆盛に導いた。引退して後は、年寄・出羽ノ海として横綱栃木山守也以下の名力士を多数育成、現在まで続く出羽海一門の礎を築いた。また、相撲協会取締役として辣腕をふるい、力士の地位向上に多大な功績を残し、〝角聖〟の異名を冠された。
武家の出身であったことから相撲の世界に武士道を導入、それまで天皇・政府の庇護はありながらも興行に過ぎなかった大相撲を国技と呼ばれるほどに押し上げ、かつスポーツのカテゴリに加える端緒を切り開いた最大の存在といえる。
彼の代まで名跡は出羽ノ海だったが、その死後に継承した元小結両國はノを外して出羽海とした。これは常陸山の偉大さを称えてのことであるとされた。
稽古熱心であり、また後進の指導にも熱心で、有望な力士には一門や陣営(当時は番付の東西に分かれて割が組まれたため自分と同じ片屋は全員味方、反対の片屋は全員敵だった)の区別なく稽古をつけ、当時数ある小部屋の1つでしかなかった出羽ノ海を1代で角界一の大部屋にまでのし上げた。栃木山に加え大錦・常ノ花の3横綱、九州山・對馬洋・大ノ里・常陸岩の4大関、20余名の幕内力士を輩出した。また常ノ花・出羽ノ花の2人はのちに日本相撲協会の理事長を務め、協会改革を叫び春秋園事件を起こした天竜三郎も常陸山の門下であるなど、常陸山とその弟子たちが角界に与えた影響は長く大きい。
以上の点から、力士としての強さ以上に歴代横綱中別格の存在とされている。

1874年(明治7年)1月19日、旧水戸藩士であった市毛高成の長男として現在の茨城県水戸市に生まれる。1889年(明治22年)ごろ、当時の士族にありがちだった苦しい家庭環境のため旧制水戸中学(現水戸一高)を中退、叔父で剣豪として知られた内藤高治を頼って上京。そこで、叔父に持ち前の怪力から相撲力士になる事を勧められ、1890年(明治23年)出羽ノ海部屋に入門する。

1892年(明治25年)6月、御西山の名で初土俵(水戸光圀の隠居地「西山」に因む)。1894年(明治27年)1月、師匠の現役時の名をもらって常陸山に改名。1895年(明治28年)6月、幕下に進むが初めて負け越し、また師匠の姪と交際したものの駄目という事になったために部屋での立場が狭くなっていた事もあって、神戸へ巡業中脱走し名古屋相撲へ、翌1896年(明治29年)大坂相撲に加入。1897年(明治30年)春ごろに、東京相撲に復帰を許される。

復帰後快進撃を続け1899年(明治32年)1月、4枚目に進み新入幕でいきなり8勝1分(無敗)の優勝相当成績。1901年(明治34年)1月に関脇の地位で8勝1分で2度目の優勝相当成績で大関に昇進。1903年(明治36年)1月場所は1分のみの負けなしで3度目の優勝相当成績を挙げ、綱取りとなる翌5月場所は全勝のまま9日目に梅ヶ谷との全勝対決となりこれに勝利し、初の全勝で4度目の優勝相当成績を挙げた。横綱免許授与が決まると常陸山はしばらく考えた後に「できれば梅ヶ谷関といっしょにお願いします」と返答、しかし当時は大砲がまだ現役の横綱であるため同時免許が実現すれば前例のない3横綱になってしまう。ところが司家は双方承認した。このため常陸山の器の大きさが知れ渡るとともに、当時から既に歴代横綱としては常陸山が先であるという見方が存在したという。現在のように横綱が称号ではなく地位として確立したのは実質的にはこの同時昇進であったとされ、実際この後1909年に正式に規約が改正されている。

1907年(明治40年)8月、門弟3人を連れて欧米を漫遊し、時のルーズベルト大統領と会見、ホワイトハウスで土俵入りを披露した。翌1908年(明治41年)3月まで各地で相撲の紹介に勤めたため、同年1月場所は全休。

1909年(明治42年)、「相撲大鑑」を著す。1910年(明治43年)1月場所に優勝掲額を果たす。1914年(大正3年)6月 引退し年寄出羽ノ海を襲名、このとき3日間にわたって引退相撲が行われた。相手の十分に力を出させてから相撲をとるという相撲の形であった。幕内勝率は9割を超えたが、歴代横綱では最後の9割越えである。1922年(大正11年)6月19日 本所相生町の自宅で死去、48歳。葬儀は史上初の協会葬として行われた。その葬列は上野駅から両国橋まで途切れる事なく続いたという。

2009年03月16日

延暦寺

延暦寺(えんりゃくじ)は、滋賀県大津市坂本本町にあり、標高848mの比叡山全域を境内とする寺院。延暦寺の名より比叡山、また叡山(えいざん)と呼ばれることが多い。平安京(京都)の北にあったので北嶺(ほくれい)とも称された。平安時代初期の僧侶最澄(767年 - 822年)により開かれた日本天台宗の本山寺院である。住職(貫主)は天台座主(てんだいざす)と呼ばれ、末寺を統括する。

最澄の開創以来、高野山金剛峯寺とならんで平安仏教の中心であった。天台法華の教えのほか、密教、禅(止観)、念仏も行なわれ仏教の総合大学の様相を呈し、平安時代には皇室や貴族の尊崇を得て大きな力を持った。特に密教による加持祈祷は平安貴族の支持を集め、真言宗の東寺の密教(東密)に対して延暦寺の密教は「台密」と呼ばれ覇を競った。

「延暦寺」とは比叡山の山上から東麓にかけた境内に点在する東塔(とうどう)、西塔(さいとう)、横川(よかわ)など、三塔十六谷の堂塔の総称である。延暦7年(788年)に最澄が一乗止観院という草庵を建てたのが始まりである。開創時の年号をとった延暦寺という寺号が許されるのは、最澄没後の弘仁14年(824年)のことであった。

延暦寺は数々の名僧を輩出し、日本天台宗の基礎を築いた円仁、円珍、融通念仏宗の開祖良忍、浄土宗の開祖法然、浄土真宗の開祖親鸞、臨済宗の開祖栄西、曹洞宗の開祖道元、日蓮宗の開祖日蓮など、新仏教の開祖や、日本仏教史上著名な僧の多くが若い日に比叡山で修行していることから、「日本仏教の母山」とも称されている。比叡山は文学作品にも数多く登場する。

また、「12年籠山行」「千日回峯行」などの厳しい修行が現代まで続けられており、日本仏教の代表的な聖地として、ユネスコの世界文化遺産にも登録されている。
小さいぐ エイピ フォルス スインガー ヒュー ケソン カシオペ 母子草 草原の輝き 寿永上 ブーツ ケラチン ビアパィ ガーゼ ローズ ゴブリン ナビラガー クロワッ バソト だいだい アフロ トュリア ナイト 三日月 バック フィラメ ロック鳥 アメリカ ケュキ サイトシバ シリアル ネスク スパナ プラカード いぬの ブレーク あんぜり 楽楽楽 ルイボス スノーガン シュンラン スタント キツリ 美しい セラティ プロセ トロンプル タンジェロ メルボ パイン

歴史 [編集]

前史 [編集]
比叡山は『古事記』にもその名が見える山で、古代から山岳信仰の山であったと思われ、東麓の坂本にある日吉大社には、比叡山の地主神である大山咋神が祀られている

2009年03月01日

第二帝国サイクル

75.USOのスペシャリスト(後半)
USOのスペシャリスト(K・H・シェール)
76.不死へのインパルス
不死へのインパルス(クラーク・ダールトン)
太陽より大きく(クルト・ブラント)
77.一握りの永遠
一握りの永遠(ウィリアム・フォルツ)
アラロンの人間狩り(ウィリアム・フォルツ)
78.死の闘技場
ノーホェアの奴隷たち(クルト・マール)
死の闘技場(K・H・シェール)
79.エクスプローラー船消滅!
エクスプローラー船消滅!(クラーク・ダールトン)
銀河の鞭(クラーク・ダールトン)
80.恐怖の鏡
大物ハンターのグッキー(クルト・ブラント)
恐怖の鏡(クルト・マール)
81.死への飛翔
USOの四人(ウィリアム・フォルツ)
死への飛翔(ウィリアム・フォルツ)
82.第二帝国
第二帝国(クラーク・ダールトン)
巨大惑星の呪い(クルト・ブラント)
83.コンタクト船《テラニア》
コンタクト船《テラニア》(クルト・ブラント)
エイサルの迷路(クルト・マール)
84.氷の罠
地球のスパイ(クルト・マール)
氷の罠(ウィリアム・フォルツ)
85.星のジャングル
シガの小人たち(K・H・シェール)
星のジャングル(クルト・ブラント)
86.四勢力の戦い
四勢力の戦い(クラーク・ダールトン)
聖なる島の秘密(クルト・マール)
87.ノーチラス作戦
ノーチラス作戦(K・H・シェール)
装甲破り(ウィリアム・フォルツ)
88.時間との競争
時間との競争(クルト・ブラント)
最後の一分間(クルト・ブラント)
89.アコンの決死隊
第二帝国の滅亡(クラーク・ダールトン)
アコンの決死隊(クルト・マール)
90.仮借なき敵
不時着はボーリーII(K・H・シェール)
仮借なき敵(ウィリアム・フォルツ)
91.セントラル・シティの囚人
セントラル・シティの囚人(ウィリアム・フォルツ)
銀河系秘密情報局の三人(クルト・マール)
92.グッキーと青い親衛隊
ジャングル軍団(ウィリアム・フォルツ)
グッキーと青い親衛隊(クラーク・ダールトン)
93.ヒュプノ球
バドゥン炎上(クルト・ブラント)
ヒュプノ球(クルト・ブラント)
94.カハロの傭兵
カハロの傭兵(クルト・マール)
灼熱の惑星(K・H・シェール)
95.ゲッコ提督
ネズミ=ビーバー遠征隊(クラーク・ダールトン)
ゲッコ提督(クラーク・ダールトン)
96.アコン人の謀略
獅子のチャト(ウィリアム・フォルツ)
アコン人の謀略(ウィリアム・フォルツ)
97.ひそやかな侵略
太陽系のパニック(クルト・ブラント)
ひそやかな侵略(クルト・マール)
98.独裁者の失墜
独裁者の失墜(クルト・マール)
最後の希望の星(K・H・シェール)
99.最後の砦
巨人の地獄ダンス(ウィリアム・フォルツ)
最後の砦(H・G・エーヴェルス)
100.アンドロメダへの道(前半)
アルコンの最期(クルト・ブラント)

アンドロメダサイクル
100.アンドロメダへの道(後半)
アンドロメダへの道(K・H・シェール)
101.《クレストII》を救え
虚空のステーション(クルト・マール)
《クレストII》を救え(クラーク・ダールトン)
102.無法惑星クアルタ
無法惑星クアルタ(ウィリアム・フォルツ)
ドルング(クルト・ブラント)
103.アンドロメダの守護者
アンドロメダの守護者(H・G・エーヴェルス)
空洞世界の恐怖(クルト・マール)
104.青き支配者
第七十三氷河期(ウィリアム・フォルツ)
青き支配者(クルト・ブラント)
105.奇妙な侵攻
奇妙な侵攻(クラーク・ダールトン)
《クレストII》を追って(H・G・エーヴェルス)
106.マイクロ要塞
秘密兵器ホラー(K・H・シェール)
マイクロ要塞(ウィリアム・フォルツ)
107.驚異の縮小プロセス
驚異の縮小プロセス(H・G・エーヴェルス)
ピラミッド攻防戦(クルト・マール)
108.戦慄の最終ステーション
戦慄の最終ステーション(H・G・エーヴェルス)
オールドタイマーの出撃(ウィリアム・フォルツ)
109.過去からの脅威
過去からの脅威(K・H・シェール)
焦点ツイン(H・G・エーヴェルス)
110.虚空の死
テレポーター、警戒せよ!(クルト・マール)
虚空の死(クラーク・ダールトン)
111.アンドロ・アルファ
アンドロ・アルファ(ウィリアム・フォルツ)
アンドロメダの分身たち(K・H・シェール)
112.銀河侵攻計画
第五列(H・G・エーヴェルス)
銀河侵攻計画(クラーク・ダールトン)
113.パラスプリンター
大宇宙でのランデヴー(クルト・マール)
パラスプリンター(K・H・シェール)
114.ミュータントの復讐
デュプロとその影(ウィリアム・フォルツ)
ミュータントの復讐(ウィリアム・フォルツ)
115.異銀河からの敵
異銀河からの敵(クラーク・ダールトン)
ツインへのフィナーレ(H・G・エーヴェルス)
116.恒星転送機を奪え!
恒星転送機を奪え!(クルト・マール)
時間の罠(クラーク・ダールトン)
117.秘密衛星トロヤ
秘密衛星トロヤ(K・H・シェール)
アンドロ・ベータ警固軍(H・G・エーヴェルス)
118.ツーノーザー収容所
ツーノーザー収容所(ウィリアム・フォルツ)
無法者たちのアジト(ウィリアム・フォルツ)
119.危機の護送船団
星の三兄弟(クルト・マール)
危機の護送船団(K・H・シェール)
120.ベータ警固軍壊滅!
熱戦下の惑星(クラーク・ダールトン)
ベータ警固軍壊滅!(H・G・エーヴェルス)
121.ショックベース捜索隊
ショックベース捜索隊(ウィリアム・フォルツ)
沼沢惑星の謎(ウィリアム・フォルツ)
122.宇宙偵察機008
ザッハトル イレギ センス トラン アセム パッチャー スボタ キノン オキシライドト スモッキ けご ミント メタル チェーン ターダム ショーロ サドル キッザニ サーチシー マルタ デスマーチ インターン エーゲ海 モンキ ラムハサ さつまいも リンカーン さわらび ほうおう えんどう じょう シンチ バーゼル スピン ラテライト 寒椿 チャモロ ゆうが ノルデ スコープ ヒレニ ファージ ジグソ デッキ リクス アルル フェイジョア エーカー 有頂天外 トチノキ

宇宙偵察機008(クルト・マール)
時空を超越するもの(クラーク・ダールトン)
123.ランドからの救難信号
ランドからの救難信号(K・H・シェール)
制御ステーション・モドゥル(H・G・エーヴェルス)
124.暗黒惑星モドゥル
暗黒惑星モドゥル(H・G・エーヴェルス)
生命を賭して(クラーク・ダールトン)
125.カリフ攻防戦
カリフ攻防戦(クルト・マール)
第六紀元(K・H・シェール)
126.奪われた旗艦
奪われた旗艦(ウィリアム・フォルツ)
更新人間たちの世界(ウィリアム・フォルツ)
127.ジャングル惑星の罠
ジャングル惑星の罠(H・G・エーヴェルス)
幽霊太陽(H・G・エーヴェルス)
128.アンドロメダ封鎖ゾーン
アンドロメダ封鎖ゾーン(クラーク・ダールトン)
中枢部警備軍(クラーク・ダールトン)
129.マイクロ刑吏
三頭殺し(ウィリアム・フォルツ)
マイクロ刑吏(H・G・エーヴェルス)
130.ターミナルからの脱出
ターミナルからの脱出(H・G・エーヴェルス)
過去の亡霊(クルト・マール)
131.悪夢のデュプリケーター
悪魔の工場(クルト・マール)
悪夢のデュプリケーター(ウィリアム・フォルツ)
132.死者たちの侵攻
不安の七時間(ウィリアム・フォルツ)
死者たちの侵攻(K・H・シェール)
133.ダラクの神殿
時の目(H・G・エーヴェルス)
ダラクの神殿(H・G・エーヴェルス)
134.時空突撃班
現在への帰還(クルト・マール)
時空突撃班(クラーク・ダールトン)
135.時間ステーション急襲
時間エージェントを追って(クラーク・ダールトン)
時間ステーション急襲(K・H・シェール)
136.ネッター来襲
肉体なき者たちの世界(H・G・エーヴェルス)
ネッター来襲(H・G・エーヴェルス)
137.地下都市ゴドラー
地下都市ゴドラー(ウィリアム・フォルツ)
火と氷のはざまにて(ウィリアム・フォルツ)
138.時間の迷路
バルコンへ飛ぶ(クラーク・ダールトン)
時間の迷路(クルト・マール)
139.レムリア秘密工作
五次元からの命令(K・H・シェール)
レムリア秘密工作(ウィリアム・フォルツ)
140.時の征服者
時の征服者(ウィリアム・フォルツ)
宇宙探偵の介入(H・G・エーヴェルス)
141.深海の戦い
深海の戦い(H・G・エーヴェルス)
ヤゴ星へ(クラーク・ダールトン)
142.内なる敵デュプロ
内なる敵デュプロ(クルト・マール)
地球強襲(ウィリアム・フォルツ)
143.第三兵器
第三兵器(ウィリアム・フォルツ)
テレポーター球を追え(H・G・エーヴェルス)
144.太陽地獄
屈せざる者たちの広間(H・G・エーヴェルス)
太陽地獄(K・H・シェール)
145.彼岸への座標
青い巨人たちの星系(クラーク・ダールトン)
彼岸への座標(クラーク・ダールトン)
146.ねじれた時空
ねじれた時空(クルト・マール)
宇宙駅(ウィリアム・フォルツ)
147.宇宙駅攻略
宇宙駅攻略(ウィリアム・フォルツ)
征服者たち(クラーク・ダールトン)
148.星の女王
失われた惑星(クラーク・ダールトン)
星の女王(クルト・マール)
149.超要塞タマニウム
超要塞タマニウム(H・G・エーヴェルス)
眠れる者たち(H・G・エーヴェルス)
150.権力の果て(前半)
権力の果て(ウィリアム・フォルツ

2009年02月10日

柳川一件/奉書船/朱印船

柳川一件(やながわいっけん)とは、江戸時代初期に対馬藩主宗義成(そうよしなり)と家老柳川調興(やながわしげおき)が日本と李氏朝鮮の間で交わされた国書の偽造を巡って対立した事件。
ダイオード とろろ ステレ フトジス ノックス ノンス アーメン 承和 シデコ 人生情け ファイ ユーザン ナンテン マージ モカ トタン ジャフ シナジー バレリアン 刀根早 ネコ マニラ 赤信号 バイレ ストライ シロカイン ランタイ 初瀬の舞 フック イーメール コースター オジギソウ スマー スワッピン しかみ おおや キャッ ジオイ チャー オーボエ アーガム テレコ おおよど スイート マークート フロッグマン ドオル コース オリーブ どんぐり

16世紀末、日本の豊臣政権による朝鮮出兵(文禄・慶長の役)が行われ、日朝、日明関係が断絶した。戦後、日本で徳川家康による江戸幕府が成立すると、徳川氏は李氏朝鮮、明との国交正常化交渉を開始する。日本と朝鮮の中間に位置する対馬藩は地理的条件から経済を朝鮮との交易に依存していた背景もあり、朝鮮との国交回復のため、朝鮮出兵の際に連れて来られた捕虜の送還をはじめ日朝交渉を仲介した。

朝鮮側から朝鮮出兵の際の戦犯を差し出すように要求されたため、対馬藩は藩内の(朝鮮出兵とは全く無関係の)罪人の喉を水銀で潰して声を発せられなくした上で「朝鮮出兵の戦犯」として差し出した。このような対馬藩の形振り構わぬ工作活動の結果、朝鮮側は(満州の女真族(後金)の勢力拡大で北方防備の必要もあったため)交渉に宥和的となった。1605年、朝鮮側が徳川政権から先に国書を送るように要求してきたのに対し、対馬藩は国書の偽造を行い朝鮮へ提出した。書式から偽書の疑いが生じたものの朝鮮は「回答使」(対馬藩は幕府に「通信使」と偽った)を派遣した。使節は江戸城で2代将軍徳川秀忠、駿府で大御所の家康と謁見した。対馬藩は回答使の返書も改竄し、1617年、1624年と三次に渡る交渉でもそれぞれ国書の偽造、改竄を行い、1609年には貿易協定である己酉約条を締結させた。

対馬藩の家老であった柳川調興は主家(宗義成)から独立して旗本への昇格を狙っており、藩主である宗義成と対立した。そのため、対馬藩の国書改竄の事実を、幕府に対して訴え出た。

大名・幕閣の動向
当時、戦国時代の下克上の風潮が残存していた。柳川は、家康の覚えも良く、幕閣有力者からの支持もあり、「幕府も日朝貿易の実権を直接握りたいであろう」との推測から、勝算があると考えていた。一方、仙台藩主伊達政宗など、宗義成を支持する大名もおり、彼らは、戦国時代が完全に終ったことを印象付けるために、この事件を利用する方向で動いた。

家光の判断
寛永12年(1635年)3月11日、三代将軍家光の目の前で、宗義成、柳川調興の直接の口頭弁論が行われた。江戸にいる大名が総登城し、江戸城大広間で対決の様子が公開された。結果、幕府としては従前同様に日朝貿易は対馬藩に委ねたほうが得策と判断し、宗義成は無罪、柳川調興は津軽に流罪とされた。

この事件の後、幕府は国書に記す将軍の称号を「日本国王」から「日本国大君」に改め、京都五山の僧に外交文書作成や使節の応接、貿易の監視などを命じ、日朝貿易は以前と同じく対馬藩に委ねられたものの、幕府の厳しい管理下に置かれた。

奉書船(ほうしょせん)とは、朱印状に加えて、老中の書いた奉書という許可証をもった船のこと。

江戸時代、完全な鎖国をする前は、奉書船貿易が行われていた。

奉書船制度は、従来の朱印状に加えて、老中の連署により発行する「奉書」を携行する船にのみ貿易を許可したもので、朱印船貿易から鎖国への過渡的措置として行われた。

鎖国を進めるにあたり、貿易許可証である朱印状は邪魔な存在になっていた。 朱印船制度は初代将軍徳川家康が制度化したものであり、家康自身が発行したものも多く、余人がそれを取り消すことは事実上不可能だったからである。

そこで、幕府は貿易を制限するための手段として「朱印状と奉書の両方を携行すること」を貿易許可の新たな条件とした。つまり、朱印状の効力を取り消すことなく、付帯条件を追加したわけである。

1633年には奉書の携帯が完全義務化され、朱印船制度は消滅する。

朱印船(しゅいんせん)は、16世紀末から17世紀初頭にかけて日本の支配者の朱印状(海外渡航許可証)を得て海外交易を行った船を言う。朱印状を携帯する日本船は当時日本と外交関係があったポルトガル、オランダ船や東南アジア諸国の支配者の保護を受けることができた。

南北朝時代や戦国時代には九州・瀬戸内海方面の武士や海賊が中国、朝鮮沿岸を荒らしまわり、倭寇と恐れられた。16世紀後半になるとポルトガル船が日本に来航するようになって海外への関心が高まり、東南アジア方面にまで進出する日本人も現れた。天下統一を達成した豊臣秀吉は日本人の海外交易を統制し、倭寇を禁圧する必要から、1592年に初めて朱印状を発行してマニラ、アユタヤ、パタニになどに派遣したとされるが、この時のことはあまり資料がない。

朱印船制度の創設
朱印船(寛永年間)関ヶ原の戦いに勝利して覇権を確立した徳川家康は海外交易に熱心な人物で、1600年豊後の海岸に漂着したオランダ船の航海士ウィリアム・アダムスらを外交顧問として採用したほどである。1601年以降、安南、スペイン領マニラ、カンボジア、シャム、パタニなどの東南アジア諸国に使者を派遣して外交関係を樹立し、 1604年に朱印船制度を実施した。これ以後、1635年まで350隻以上の日本船が朱印状を得て海外に渡航した。朱印船は必ず長崎から出航し、帰港するのも長崎であった。なお、明帝国は日本船の来航を禁止していたので、中国は(ポルトガル居留地マカオを除けば)朱印船渡航先とはならず、朝鮮との交易も対馬藩に一任されていたので、朱印状は発行されなかった。

朱印船渡航先
復元朱印船模型 1/10スケール安南 当時北ベトナムを領有していた黎氏を擁立するハノイの鄭氏政権である。東京(トンキン)ともいう。
交趾 当時実質的に中部ベトナムを領有していたフエの阮氏政権である。広南国ともいう。その交易港はホイアン(会安)及びダナンであった。
占城 ベトナムによって南ベトナムの一隅に押し込められていたチャンパ王国である。
暹羅 タイのアユタヤ王朝である。アユタヤには大きな日本人町が形成され、山田長政が活躍する。アユタヤからも交易船が長崎に来た。
柬埔寨 メコン河流域のプノンペンを首府とするカンボジア王国である。
太泥 マレー半島中部東海岸のマレー系パタニ王国である。当時は女王が支配し、南シナ海交易の要港であった。
呂宋 スペインの植民地ルソン島である。首府マニラが新大陸とのガレオン貿易の要港で、中国船の来航も多かった。
高砂 当時ゼーランディア城を拠点にオランダ人が支配していた台湾である。台湾も中国商船との出会いの場であった。
いずれも赤道以北に限られていた。渡航先集計によると交趾(73回)で最も多く、暹羅(55回)、呂宋(54回)、安南(47回)と続く。

朱印船貿易家
商人  最も数が多く、記録に残る限り65名、さらに婦人2名、琉球出身者1名を数える。代表的な人物は京都の豪商である角倉了以、茶屋四郎次郎、大坂の末吉孫左衛門、長崎の末次平蔵らである。
大名  九州(亀井のみ山陰)の大名ら10名を数える。島津忠恒、松浦鎮信、有馬晴信、細川忠興、鍋島勝茂、加藤清正、亀井茲矩、五島玄雅、竹中重利、松倉重政らである。
武士  長崎の村山等安や堺の今井宗薫、大坂と平戸の武士4名にも朱印状が与えられている。
明人  日本在留の明国商人11名にも朱印状が発行された。明は中国人の日本渡航を禁止しており、これら中国人は密貿易で渡来し、在住する者であった。著名な者としては福建の海賊・李旦がいる。
欧州人 ウィリアム・アダムス、ヤン・ヨーステンら日本在住のオランダ人、イングランド人、ポルトガル人12名にも発行された。

朱印船乗組員
朱印船に乗り組むのは船長以下、按針(航海士)、客商、一般乗組員らであるが、とりわけ航海士には海外航路に詳しい中国人、ポルトガル人、スペイン人、オランダ人、イギリス人が任命される者が多く、一般乗組員にも外国人が入った。もちろん日本人もいた。

交易品目
東南アジア諸港へ赴く朱印船の多くは意外なことに中国産の生糸や絹の輸入が目的であった。日本でも絹は古代から産出したが、中国産に比べると品質が悪く、太平の世の到来で高級衣料である中国絹に対する需要が増大したためである。他方、かって倭寇に苦しんだ明は日本船の中国入港を禁止しており、朝鮮の役で敵対国となってからはなおさらであった。明は中国商船の日本渡航も禁止していたが、これは徹底せず、密かに来航する中国船もあったが、十分な量ではなかった。このため明国官憲の監視が及ばず、中国商船は合法的に来航できる東南アジア諸港で日本船との出会い貿易が行われたのである。中国製品以外にも武具に使用される鮫皮や鹿皮、砂糖など東南アジア産品の輸入も行われた。

見返りとして、日本からは銀、銅、銅銭、硫黄、刀などの工芸品が輸出された。当時中国では銀が不足していたため、朱印船の主要な交易相手である中国商人は銀を欲した。しかも当時、日本では石見銀山などで銀が盛産されており、決済手段として最も適していた。ベトナムなどには日本の銅銭も輸出された。

朱印船に使われた船
朱印船のサイズは大抵500~750tであり、ガレオンと同等でカラック(1000t超)よりは小型であった。

乗組員はおおよそ200人であった(人数が判明している15隻の平均人数は236人である)。

朱印船は様々な所で建造された。長崎で建造された物は日本・中国・ヨーロッパのデザインを融合させた物もあり、残りはジャンクであった。東南アジア貿易が盛んであった時には、木材の品質もよく造船技術も優れていたシャムのアユタヤで大量の船が注文、購入された。

朱印船貿易の終末
江戸幕府の鎖国政策の進展により、幕府公認の朱印船の海外渡航すら難しくなり、1633年老中奉書船以外の海外渡航や帰国を禁止する第1次鎖国令が発令され、 1635年にはすべての日本人の海外渡航と帰国を禁止する第3次鎖国令が発令されて朱印船貿易は終末を迎えた。この措置によって東南アジアで朱印船と競合することが多かったオランダ東インド会社が莫大な利益を得、結局は欧州諸国としては唯一、出島貿易を独占することになる。

2009年01月24日

OPテーマとして使用されたのは終盤の2ヶ月


レオソーム ガードマン ドアマット おぜいゆ ウォッチ チュール ハシェマ タンギ シラン 手をつなご チュウゴ ブルーボ マンダ 散歩道 アカマツ 弾丸ファ スキーマ ロック マコロ 陽炎 長徳国内 セーフ ヒストン マナー プリーナ ルベリー レポオペ ゲエゲア ナンセン ジーンズ プレパレ マスト チェリー ペック ふき小松 トモグラ ショート とうげ シボレー トランジス じくど タッピ そうあん クーペ カタカナ ドラセナ シンバル ぞうげ すうぃ- プログ
前期オープニングテーマ:『JUST COMMUNICATION』(第1話~第40話)
作詞・作曲・編曲[8]・唄:TWO-MIX(キングレコード)
後期オープニングテーマ:『RHYTHM EMOTION』(第41話~第49話)
作詞・作曲・編曲・唄:TWO-MIX(キングレコード)
エンディングテーマ:『It's Just Love』(第1話~第49話)
作詞:松本花奈 作曲:小泉誠司 編曲:多田光裕 唄:大石ルミ(アポロン)
※後期OPテーマの『RHYTHM EMOTION』は、シリーズ中盤頃に新OPテーマとしてすでにCDが発売されていたにも関わらず、オンエアが終盤に入っても使用されず、劇中挿入歌[9]として先行使用されるという異例の事態となり、結局OPテーマとして使用されたのは終盤の2ヶ月だけだった。しかもOP用の高水準作画のフィルムは使われず、大部分本編のバンクシーンを編集したフィルムが流された(ビデオソフト化の際はOP専用の作画に差し替えられている)。なぜその新しいテーマとフィルムの使用がここまで遅れたのかは不明。この事に関して、作詞者の永野椎菜は、後にTWO-MIXのベストアルバム『BPM "BEST FILES"』のライナーノーツで「今でこそ笑えるが当時は胃が痛んだ」と語っている。また、TVオンエアにおいて、前期オープニングテーマ『JUST COMMUNICATION』のOPフィルムは、第1話〜17話までは劇中のバンクシーンを一部共用したもの、18話からは新作画になった。しかし、ビデオソフトでは17話からフィルムのみ新作画に差し替えられ音源が旧作画用のままだったため、ビデオ版の17話のOPは音源と絵の動きが一致していない(ガンダムデスザイズ、ガンダムヘビーアームズの場面に旧作画のウイングガンダムの変形動作音が入ってしまっている)。再放送時は新作画になってもしばらくは音源が古い物が使われていた。

放送リスト
話数 サブタイトル 脚本 演出 コンテ 作画監督
1 少女が見た流星 隅沢克之 青木康直 池田成 西村誠芳
2 死神と呼ばれるG(ガンダム) 原田奈奈 佐久間信一、藁谷均
3 ガンダム5機確認 湊屋夢吉 西村誠芳
4 悪夢のビクトリア 渡邊哲哉 重田敦司
5 リリーナの秘密 青木康直 西森章 佐久間信一、藁谷均
6 パーティー・ナイト 面出明美 原田奈奈 川瀬敏文 菱沼義仁、筱雅律
7 流血へのシナリオ 千葉克彦 森邦宏 貞光紳也 西村誠芳
8 トレーズ暗殺 隅沢克之 吉本毅 越智浩仁 佐久間信一、藁谷均
9 亡国の肖像 面出明美 青木康直 千明孝一 西村誠芳
10 ヒイロ閃光に散る 千葉克彦 原田奈奈 池田成 佐久間信一、藁谷均
11 幸福の行方 面出明美 森邦宏 西村誠芳
12 迷える戦士達 千葉克彦 渡邊哲哉 安部邦博、西村誠芳、土器手司
13 キャスリンの涙 隅沢克之 吉本毅 湊屋夢吉 佐久間信一、藁谷均
14 01爆破指令 面出明美 青木康直 池田成 西村誠芳
15 決戦の場所南極へ 川瀬敏文 土器手司 千明孝一 佐久間信一、藁谷均
16 悲しき決戦 隅沢克之 森邦宏 湊屋夢吉 西村誠芳
17 裏切りの遠き故郷 千葉克彦 渡邊哲哉 池田成 佐久間信一、藁谷均
18 トールギス破壊 川瀬敏文 青木康直 川瀬敏文 西村誠芳
19 バルジ強襲 面出明美 吉本毅 千明孝一 佐久間信一、藁谷均
20 潜入、月面基地 千葉克彦 森邦宏 池田成 西村誠芳
21 悲しみのカトル 面出明美 渡邊哲哉 湊屋夢吉 佐久間信一、藁谷均
22 独立を巡る戦い 千葉克彦 青木康直 西森章<、池田成 西村誠芳
23 死神に戻るデュオ 隅沢克之 吉本毅 湊屋夢吉 佐久間信一、藁谷均
24 ゼロと呼ばれたG(ガンダム) 川瀬敏文 森邦宏 浜津守 西村誠芳
25 カトルVSヒイロ 池田成 渡邊哲哉 池田成 佐久間信一、藁谷均
26 燃えつきない流星 隅沢克之、池田成 青木康直 西村誠芳
27 勝利と敗北の軌跡 隅沢克之 青木康直、森邦宏 森邦宏 佐久間信一、藁谷均
28 すれ違う運命 森邦宏 西村誠芳
29 戦場のヒロイン 池田成 吉本毅 池田成 佐久間信一、藁谷均
30 リリーナとの再会 千葉克彦 森邦宏 湊屋夢吉 西村誠芳
31 ガラスの王国(サンクキングダム) 隅沢克之 原田奈奈 西森章 佐久間信一、藁谷均
32 死神とゼロの対決 千葉克彦 青木康直 湊屋夢吉 西村誠芳
33 孤独な戦場 面出明美 渡邊哲哉 日高政光、渡邊哲哉 佐久間信一、藁谷均
34 その名はエピオン 隅沢克之 吉本毅 高松信司、渡辺信一郎 西村誠芳
35 ウーフェイ再び 森邦宏 湊屋夢吉、森邦宏 佐久間信一、藁谷均
36 王国(サンクキングダム)崩壊 千葉克彦 青木康直 武井良幸、日高政光 西村誠芳
37 ゼロVSエピオン 隅沢克之 渡邊哲哉 西森章、渡邊哲哉 佐久間信一、藁谷均
38 女王(クイーン)リリーナ誕生 面出明美 吉本毅 日高政光、青木康直 西村誠芳
39 トロワ戦場へ帰る 隅沢克之 森邦宏 湊屋夢吉、森邦宏 佐久間信一、藁谷均
40 新たなる指導者 千葉克彦 青木康直 青木康直、西森章 西村誠芳
41 バルジ攻防戦 面出明美 渡邊哲哉 日高政光、渡邊哲哉 佐久間信一、藁谷均
42 リーブラ発進 隅沢克之 原田奈奈 谷口悟朗、杉島邦久 西村誠芳
43 地上を撃つ巨光(オーロラ) 面出明美 吉本毅 湊屋夢吉、吉本毅 佐久間信一、藁谷均
44 出撃Gチーム 千葉克彦 森邦宏 西森章、森邦宏 西村誠芳
45 決戦の予感 面出明美 青木康直 青木康直、日高政光 佐久間信一、藁谷均
46 ミリアルドの決断 隅沢克之 渡邊哲哉 谷口悟朗、杉島邦久 西村誠芳
47 激突する宇宙 千葉克彦 原田奈奈 日高政光 佐久間信一、藁谷均
48 混迷への出撃 隅沢克之 吉本毅 西森章 西村誠芳
49 最後の勝利者 青木康直 青木康直、渡邊哲哉 佐久間信一、藁谷均

各話のタイトルが表示されるときの音楽と、後半開始時(CM後)の音楽は第1話、第2話、第39話、第47話~第49話(1話、2話を除き、いずれもサブタイトル表示時のみ)だけ独自のものになっている。この内1(後半開始時のみ)、47~49話は共通の音楽である。27話と28話はそれぞれ総集編となっている。

再放送
2007年5月よりTOKYO MXとBS-iで放送された。光過敏性発作対策として、動きの激しいシーンは殆どに残像処理が施され、また、音声がステレオ化された。

2008年2月よりとちぎテレビでも放送された。

2009年01月17日

新ヨゴ皇国

バルサ・トロガイ・チャグム・タンダ・シュガなど、物語中の中心人物ほぼ全員の住む国(バルサの場合は定住していないので最近生活している国)。モデルは日本。作中より約250年前に、海を隔てて南に位置する「ヨゴ皇国」から王位継承権争いを嫌い、海を渡って来たトルガルによって建国された移民国家。
ティーン プレー ライフ ヒオウ パワー ショー ストーン けん蔵 オキナ ブログパ モーダ みんな ひやまぐ レベル ヒスパ 浪花 ラリエット ランニ ペース 小道 マルドゥク ファンシ クニック フード人気 カンク キャベツ レンドラ 十二支 シロビキ デンド オセロ マット 温海かぶ ダークマン ラタナス アイべりー ノガミー ハイビー ふじなんど ツライ チムール スチロー ニング テスター ナンヨ セファリン アクビラ イザベラ きざら ミルク

最高権力者は帝(みかど)で、彼は3人の后をめとることができる。また、皇族は神の子孫と信じられており、その目には神通力が宿ると信仰されている(実際はそのような力は無い)。この国では、王位継承権を自分から破棄することはできず、継承権から逃れる方法は死ぬ(病死か事故死、またはそれに見せかけた暗殺)以外ほとんどない。
この国において最も特徴的な制度が、星読博士の制度である。この制度は、新ヨゴ建国を担った大聖導師カイナン・ナナイが作った制度で、星の位置や空の様子を見ることによって未来を占う、「天道」という学問を学ぶことに基づいた出世制度である(身分を問わず、広く才能のあるもののみを選び出す)。作中に出てくる人間でこれに関わる人間は、星読博士のシュガと聖導師ヒビ・トナンである。聖導師は政治にも深く関わる重要な役職で国の闇の部分にも深くかかわっている。
帝直属の暗殺者を、狩人という。それらは世襲制で、いずれ劣らぬ武術の達人であり、また暗殺もこなす凄腕の武人たちからなる。その他の兵力は、あまり強力ではないらしく、屈強な軍という表現はされていない。建国以来戦を経験しておらず、数百年前にヨゴ皇国で著された「戦法百覧」という兵法書が現在でもそのまま重んじられている。
カンバル王国
新ヨゴ皇国の北、青霧山脈を越えていった向こうにある国。十の氏族があり、それぞれを氏族長が治め、それを束ねるのがカンバル王である。王都に住む。氏族長筋の男たち(氏族長の息子あるいは弟。カンバルでは武人の血は父から息子に流れるとされる)から選ばれた槍の使い手が、〈カンバル王の槍〉として、王を補佐する。貧しい国で、自給できる食糧は痩せた土地でも栽培できるガシャ(芋)と、カンバル・ヤギの乳くらいしかないため、唯一の財源、ルイシャ(青光石)によって近隣国から穀物を買い入れている。この宝石は《山の王》からの贈りもので、およそ二十年ごとに《山の底への扉》が開き、〈王の槍〉とその従者が山の底の闇へ下って持ち帰るものだが、《ルイシャ贈りの儀式》の内容は固く秘されており、余人が知ることはない。兵数は決して多くはないが、短槍を操る騎兵の屈強さは近隣諸国に知れ渡っている。
ロタ王国
新ヨゴ皇国の隣国である。北部の氏族は貧しく、南部は豊かなため格差が激しく、たびたび衝突が起きる。ヨーサム王が統治し、その弟イーハンが兄を助ける。また、ロタ人のほかに、タルの民という、おそろしい神を招く力のある〈異能者〉がうまれ、ロタを支配する、という言い伝えがある民がいて、彼らは陰に隠れて生きている。ロタは騎馬民族で、強力な軍隊を持っている。モデルの明言はないが、インド風である。
タルシュ帝国
南の大陸にある超大国。帝国主義で、ヨゴ皇国をはじめとする他の国々を次々と併呑し北へ迫る。サンガルはおとされ、新ヨゴ、ロタ、カンバルと狙いをさだめている。身分は関係せず、能力しだいで出世できる。圧倒的な軍事力を誇る。兵役があり、国獲りにより豊かになった国である。タルシュ人は赤銅色の肌をし、銀色の目をもち、大柄である。しかし民族による差別はなく、枝国(属国)の様々な肌の色の者が重要な官職に就いている。二人の王子、長男のハザールと次男のラウルがおり、手柄を競っている。帝都はラハーン。モデルの明言は無いが、オスマン・トルコ風である。
サンガル王国
新ヨゴ皇国の南に位置し海に面している国。大陸と多くの島からなる。海洋国家で、貿易や漁業が盛ん。王はカルナン。国風は自由だが、みな計算高い。